徒然なるしらべにのって!

あの地平線 輝くのは どこかに君を 隠しているから

風待ちロマンのおやじに!

最近になって、再びデザインの勉強を始めたんです。再びというのは、かつても何度かチャレンジしたことがあるってことです。iPad proとApple Pencilという最高のデザインツールが登場したことが、「再び」のきっかけでした。

 

AdobePhotoshopillustratorなどどという効果なソフトウェアがなくても、それらと同等のことができる安価なツール、Affinity Photoやprocreateなど、が使えるようになったことも背中を押すことになったと言えるでしょうね。

 

さて、そうなると意匠の過去のデザインや作品をたくさん観て、小さなアイデア袋の中にインスピレーションを溜め込むことにも時間を費やすことになります。小さい頃から絵画を見ることや絵や版画を創作することは好きでした。絵や版画が独立してイメージ化することはなく、音や音楽そして何が鹿の物語、といってもあくまでも自分よがりなものなんだけれども、が同時にアタッチされるんですね、わたしの場合。

 

わたしの好きなクリエイターの一人で、原研哉さんがいます。無印良品のアートディレクターですね。「豪華に引け目を感じることなく誇りをもって簡素であること。」これはわたしの好きな思想です。田中一光氏が提案した考え方ですね。この思想を継承されている原研哉さんが今年の4月に書かれた『低空飛行』(岩波書店)を手にする機会がありました。

         

        

明治維新以来、顧みてこなかったこの国の資源は、ユーラシアの端に列島をなす独創的な自然と、それを畏怖する感受性、そして千数百年一つの国であり続けたことによる圧倒的な文化の蓄積である」(本書の帯より)

 

covid-19、何のイデオロギーももたず、ただ感染した人に病をもたらすという、世界共通の敵と全世界が戦った数年でした。ウィルスのみならず気候変動とも世界が一丸となって戦わなければ、分断されて「俺は関係ないぞ!」とはいっていられない敵と戦っているわけです。その結果、否応無しにわたしたちは「働き方」「家族」「生きがい」「豊かさ」「人生」というものを再定義せざるを得なくなったのではないでしょうか?

 

わたしたちの人生を「ブルシット」なものにしている最たるものは、「ブルシットジョブ」「住宅ローン」コンビニに代表される「便利さ」ではないでしょうか?加えてわたしたちを閉じ込めているコンクリートのビルではないだろうか?それらが、わたしたちをコミュニティーと自然から分断していると言えないでしょうか?「ブルシットジョブ」に居場所や時間のほとんどが、制約を受けている。

 

「簡素であること」「空っぽ」「顧みてこなかったこの国の資源」、これらは人生を見つめ直すときに大事なキーワードだと思うのです。毎日報道されている「ウクライナへのロシアの侵攻」によって、「グローバル」と盛んに使われた言葉では実感し得なかった「世界が何でどのようにつ繋がっているのか」、まるで「因果は巡る糸車」であることを思い知ることになりました。世界と無関係に成立し得ないことも多くあるけれども、人新生を未来志向でリノベーションすることで、「不便」を「手足を動かすことの喜び」に変え、「豊かさ」をReinventしようとする20代、30代の若者が確実に増えています。コロナ禍で強制されたリモートワークや失業によって、そのような”メタバース”に放り込まれた訳です。わたしと同年齢、あるいはそれ以上の年配の方々は、20代30代に学ぶべきだと思います。

 

例えば里山を含む街のジオラマの前で、子供たちに「どこに再生エネルギー供給を設置しようか?」と聞くと「ここで必要だし、あそこにも必要だ」と、自分の損得勘定を抜きに真剣に考えて指摘しますよね。まさに、この感覚がとっても重要なんです。

 

『低空飛行』ー異次元観光へ。原研哉さんは、「低空飛行」というサイトで「21世紀の中葉に向かって、人の移動はどうなるのだろうか」と問いかけています。そして、「移動について言うなら、それが可能な状況になると、人々は徐々に動きを加速していくように思われる。なぜなら文明史的な観点で、世界は『遊動の時代』に入ったからである。」と述べられています。更に「定住が、通信技術と移動手段の共進化によって揺らぎ始めているのだ。リモートワークや遠隔コミュニケーションの成熟は、家にいながら仕事ができるというより、どこにいても仕事ができる・繋がる、という状況を生み出したと考えた方がいい」。ということで「低空飛行」とは、「地上の景色をつぶさに眺められる高度で、日本の深部あるいは細部をくまなく見てまわる旅をイメージした比喩的な名称」として、日本の魅力の核心に目を凝らそうというサイトになっています。

 

旅行に限らず、移住・ワーケーションとして考えても有益なポイントで、地方に移動することを検討している人には「BEYONDポイント」(BSテレ東の番組『都会を出て暮らそうよBEYOND TOKYO』 より)となる。実は、わたし自身この番組にハマっています。

                  

高度経済成長が終焉し、低成長時代に入った1983年に出版された石井慎二氏にが、著作『すばらしき田舎暮らし』(宝島社)を著し、1987年に雑誌『田舎暮らしの本』を創刊しすることで「田舎暮らし」大量生産・大量消費・合理主義などといった都市を表象する要素を排除したライフスタイルを提案しブームをつくった。

 

このブームは1990年台のバブルによって、余暇あるいはレジャーとしての「田舎暮らし」へと変化してしあった。つまり、富裕層に対する商品化に劣化してしまった。「2007 年問題」を覚えているでしょうか。団塊の世代が一斉に定年退職を迎える年、再び 「田舎暮らし」が注目されるようになり、2000年10月から西田敏行氏ナレーションの『人生の楽園』というテレビ番組が始まった。わたしは、この番組が今でも好きで毎週土曜日に観ているんです。

 

コロナ禍で、20代30代を中心に都会を離れ地方に移住する人が増えてきた。もちろん、週末だけを地方でキャンプをしたり、農場を借りて農業をしたり、都会と地方との行き来で家を借りたり買ったりしている人もいる。しかし、やりがいを見つけた人は、現在の都会での収入も「便利さ」をも捨てて、田舎暮らしを始める。

 

「自然の豊かなところで生活したい」、「子供や家族ともっと時間を共有したい」、それらに加えて「安全なところで過ごしたい」という理由が付け加わったのが、コロナ禍での地方への移住の特徴なのです。つまり、「密の少ない」ところということのようだ。

 

わたしも例に漏れずですが、『低空飛行』やテレビ番組の『人生の楽園』、『都会を出て暮らそうよBEYOND TOKYO』、そして『食彩の王国』の影響を受けて気に入った地方へ移住したいと夢見るようになったのです。そもそもわたしは「京都」出身なのですが、大原の古民家に住みハーブを含めたガーデニングを楽しまれている、元は英国のお姫様だった『ベニシア』さんの生活に憧れていたんです。

 

京都にはご存知のように京野菜というものがあり、周りを山で囲われたまだ自然豊かな神社仏閣がたくさんある土地で、多くの人が地方からやって来て古民家や京町屋に止まったりお店を構えたりする街でしょ。京にUターンするというのも良いかもしれません。

         

しかしわたしは料理が好きで食べることが大好き。京都は、若狭まで行けば別ですが、海が遠い。野菜、果物、魚、肉、それらの産地が近くにあり、山も海も近くにある場所に住みたいという、超贅沢な野望を持っているのです。しかも、「安全な」といった場合に地震や災害の少ない所を探してしまいます。

 

確かに京都は比較的地震が少ない。日本で一番地震の少ないのは富山県。関東近辺、特に北関東から東北太平洋側は本当には地震が多い。雪深いところも避けたい。となるとわたしの見立てでは、岡山県の瀬戸内沿いや三重県の伊勢湾沿いということになる。この歳になると、農業をしたりする自信はない。話すのは好きだし、勉強するのも大好き。

 

慣れない土地に行ったときに、気掛かりなのは人間関係ですよね。住むためには、最も大きな障害になりうる可能性があることは間違いない。分断された人間関係を取り戻すというのも重要な要素。だからコミュニティというのは本当にに大事だと思う。

 

『TURNS』、『ソトコト』といった雑誌もよく読むのですが、「ローカルデザイン」や「コミュニティデザイン」という言葉が目立ちます。つまり単にわたしが生きがいを求めて移住するということに留まらず、その地域で助け合いそして共生するためのコミュニティに参画することも目指したいと思うのです。「自分の利害を超えて友を助ける」こんなことがわたしの子供の頃(1960年代)にはまだ微かにありました。京都には室町時代法華経徒を起源とした町衆文化・精神というのがあって、自立した地域とコミュニティが微かに残っているんですね。祇園祭に代表される祭りはまさにそれです。

 

例えば、ソフトウェアのプログラマーとして生計を立てていた人が、都会から移住してきて農業をしたいとしても、その土地の行政や農家を営むご近所さんの支援なしに、自立するのは非常に困難であることは想像できますよね。電気もガスも水道もないところで自給自足することは困難だし、現金収入も入り用となります。農作物を作ることはできても、現金に変える手段が必要です。つまりサプライチェーンが必要になります。土地のものを調理したり、自分で作れないものを買ってきたり、最小限のコミュニティが必要にあります。ゴミも適正に処理しなければなりません。

 

ここで「豪華に引け目を感じることなく誇りをもって簡素であること」が生きてくるんです。そして「手足を動かすことが喜びに変わる」ためにも、助け合えるご近所さんも必要となります。そして「顧みてこなかったこの国の資源」を発掘し、創造することで地域の活性化に貢献できれば経済も回り出します。「面白い地域には、面白いデザイナーがいる」と言われます。まさにコミュニティーや地域を作るには、デザイナーが必要なのです。最新の工法でそして素材で作る家ではなく、古民家の太っといしっかりとした梁や柱を生かして最小限のリフォームをして住みやすくした家、これにはデザイナーが必要です。それを地域に広げて考えれば、やはりデザイナーは必要なのは納得できますよね。

 

で、わたしは地方に移住したとして何をしたいのか考えてみました。父親がそうであったように、カウンター越しから訪問者とおしゃべりができる空間を作りたい。はい、喫茶店ですね。カフェかな?そしてできる限り地のものを素材としたちょっとした軽食とコーヒーやお茶を出す店。そしてカウンターの後ろには、たくさんの本があり、ジャズ、チル、クラッシックなど雰囲気にあった音楽が流れている。わたしは、そこの「おやじ」として訪れた人とさまざまな話題に興じる。これが夢なんです。笑わないでくださいね。



できればですが、お店の周りでハーブなんかを育てて、食材飲材として使う。プチトマトくらいあっても良いかもです。わたしが大学を卒業したのが1985年だから20代30代の人にとって、わたしの青少年期に親しんだ音楽や文化は、全く新しいものであることがほとんどだろう。であれば、きっとわたしの好きな曲や話題にも興味をひいてくれるかもしれない。(笑)

 

暇な時には、お店の表の椅子にでも腰掛けて海を眺めてハッピーエンドの「風をあつめて」やユーミンの「優しさに包まれたなら」でも口遊むかな。

 

街のはずれの背のびした路地を

散歩してたら

汚点だらけの

靄ごしに起きぬけの路面電車

海を渡るのが見えたんです

それでぼくも

風をあつめて風をあつめて

風をあつめて

蒼空を翔けたいんです

 

小さい頃は神様がいて

不思議に夢をかなえてくれた

優しい気持ちで目覚めた朝は

大人になっても奇跡は起こるよ

カーテンを開いて静かな木漏れ日の

やさしさに包まれたならきっと

目に映る全てのことはメッセージ

 

わたしは宮崎アニメが好きで中でも『魔女の宅急便』が大好きなんです。主人公の「キキ」が魔女として他の街で知らなかった人たちと触れ合い、交わって、成長していきますよね。そこに自分の移住を重ねてしまうんです。しかも魔女であることを生かして「宅急便」でパン屋の女将さんの「おそのさん」たちに貢献しそして生計を立てます。あんな街で生活してみたいなあって思うんです。

 

とにかく「ブルシットジョブ」は、AIやロボットに任せて「心豊かな」生活を助け合うコミュニティの中で過ごしましょうよ。日本人は、鉄腕アトムドラえもんのように人を支援する夢あるロボットを生み出して来たわけです。決してターミネータなんかは発想しないんです。いいですか、AIやロボットは人間のように「手足を動かすことの喜び」を味わいながら全く異なったことにへのアイデアを生み出したりすることなどできないんですから。これが「ピュシスへの回帰」です。



でわでわ